Masayoshi Manabe
日本の女子バレーボール界に28年ぶりのオリンピックメダルをもたらした知将
大阪商業大学附属高でインターハイ優勝。大阪商業大時代にユニバーシアード優勝。1986年、新日本製鐵に入社すると、1年目からレギュラーセッターとして活躍し新人王を獲得するなど、その後の新日鐵黄金時代を築いた。
1985~2003年は日本代表に選出、1988年にはソウルオリンピックに出場。その他でも、イタリアセリエA挑戦など日本を代表するセッターとして長く活躍したが、2005年に現役引退。同年、久光製薬スプリングス監督に就任し、2009年からは女子日本代表の指揮を執った。
2010年の世界選手権では、試合中iPadを手に緻密なデータ分析をしながら指示を出す「IDバレー」で同大会32年ぶりのメダルを獲得(銅メダル)。2012年ロンドンオリンピックでは28年ぶりとなる銅メダルをもたらした。
2016年リオデジャネイロオリンピック後に代表監督を退任。同年12月、地元でクラブチーム「ヴィクトリーナ姫路」(株式会社姫路ヴィクトリーナ)を立ち上げ、ヴィクトリーナ姫路は、2019年、発足3年目でV2リーグ優勝、V1リーグ昇格した。
2021年、再び日本代表監督に就任。パリオリンピックに向けて手腕を振るう。
・所属チーム | |
1986年~1998年 | 新日鐵ブレイザーズ(現:堺ブレイザーズ) |
1999年 | イベコ パレルモ(イタリア・セリエA) |
2000年~2001年 | 旭化成スパーキッズ |
2002年~2003年 | 松下電器パナソニックパンサーズ |
2004年~2005年 | 旭化成スパーキッズ |
・国際大会出場歴 | |
オリンピック | 1988年 |
世界選手権 | 1986年、1990年、1998年 |
ワールドカップ | 1985年、1989年、1995年 |
・受賞歴 | |
日本リーグ・Vリーグ | ベスト6:12回、優勝監督賞:1回 |
黒鷲旗 | 最優秀選手:1回、ベスト6:6回 |
2005年~2008年 | 久光製薬スプリングス | |
2009年~2016年・2021年~ | 女子日本代表バレーボールチーム | |
・日本代表監督での主な戦績 | ||
2009年 | アジア選手権 | 3位 |
2010年 | 世界選手権 | 銅メダル |
2011年 | アジア選手権 | 準優勝 |
ワールドカップ | 4位 | |
2012年 | ロンドンオリンピック | 銅メダル ※28年ぶりのメダル獲得 |
「メダル獲得に向けた女子バレーの秘策」
長くメダルから遠ざかっていた女子日本代表バレーボールチームの監督に就任してから、どのような目標立てをし、実現に向けて動いたのか。男子監督が女子アスリート集団とどのように向き合いチームを一つにまとめたのかを話します。
・『女性マネジメント 最大限に女性の能力を引き出す技術』(2012年12月 / 扶桑社)
・『バレーボールは眞鍋に学べ!―全日本女子眞鍋政義監督初のテクニカルブック』 (2012年5月 / 日本文化出版)
・『逆転発想の勝利学』(2012年5月 / 実業之日本社)
・『チームのスイッチを入れる。 カリスマじゃなくてもできる組織を変える55の戦略』(2011年10月 / 朝日新聞出版)
・『「精密力」~日本再生のヒント~』(2011年5月 / 主婦の友社)
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