廣道 純
廣道 純
Jun Hiromichi
―「人権教育講演会」を聞いて―大阪府・岸和田高校講演(04.11.24)
<2年生の感想>
  • 初めに廣道さんが出てきたとき、私は廣道さんから受けるイメージが、町で会う障害者とは違った感じがしました。特に印象に残っているのは、事故に遭ってからオリンピック出場までのことです。
    よく、ドキュメントドラマなどで、「第2の人生が…」などという場面がありますが、そんな簡単に人間は変わるものなのかな?と思っていました。でも、廣道さんの“死んでいたらそのまま全てが終わってしまっていた。足がダメになっても命があるだけマシだ”という考えや、それまでの経緯を聞いて、本当に第2の人生を生きているんだと感じました。
    そして、車いすのレースに出会ったことやその結果の厳しさに負けないでずっと続けてきたこと、特に本当の人間としての付き合いを求めて、色々な所に積極的に参加しているのを聞いてどれだけ車いすのレースが好きであるかが分かりました。また、車いすの生活というのが私たちが思うほど苦痛なものではなく、楽しく生きていくことが出来るのだということがすごく伝わってきました。今回の講演で、健常者・障害者、関係なくどうやって生きていくかによって、生活が楽しくなるかどうかが決まるのだなぁと思い、廣道さんをとても羨ましく感じました。初めに廣道さんが出てきたときに“障害者”という感じを受けなかったのは、このことなんだなぁと思いました。
  • 話を聞く前に、私が思ったことは「しんどいなぁ、どんな話?」でした。
    でも、実際に話が始まり、そんな思いも吹き飛び、廣道さんの話にのめり込んでいきました。まず、廣道さんが障害者となったのが、ちょうど私たちと同じくらいの高校生の時ということに大きな親近感を感じました。でも、このことを知ったとき、果たして自分が今、廣道さんと同じ境遇に置かれ、このことを受け入れられるのかと思いました。どんな過去や背景があったにしろ、話を聞いた限り、結構、すんなりと大変な状況を受け入れられた廣道さんは凄いと思いました。講演を聴いていて、段々とこの講演のテーマは「人権教育」や「バリアフリー」なんかじぁないんじゃないか。「生きる」みたいなもっと大きなテーマの講演なんじゃないか、と思わされるくらいに、とても身にしみる講演でした。事故に遭い、足が動かなくなった、という事をマイナス思考に考えず、プラス思考に考える。事故に遭い、今までやっていたことが出来なくなったにもかかわらず、車いすレースに魅力を感じトップを目指し努力した。こんな話を聞くたびに、自分と比べ自分はこんなにも努力をしているのか。何でもマイナスに考えすぎていないか。自問自答していました。
    私は廣道さんと比べて、とても損な生き方をしているんじゃないかと思いました。これからは、廣道さんのような素晴らしい生き方をしたいです。
  • 「戻れるなら元に戻りたいと思いますか?」と先生が廣道さんに聞いたとき、私は愕然とした。何てこと聞くねん!そりゃそうやろが!!と。
    しかし廣道さんはあっさりと「車椅子になってから得た出会いが大事だから、そうは思わない。」とおっしゃった。私はどきっとした。心底そう思わないとそうそう出てくる言葉じゃない…、と思ったから。
    そういえば、廣道さんは車いすレースに出会ってからの話で辛いとか苦しいとかは一言もおっしゃらなかったように思う。ただ、「楽しかった」と、一生懸命に車いすレースについて語って下さった。本当に好きなんだなぁ、となんだか羨ましくなった。私は、とても演劇が好きで小学校6年生の時から今まで続けている。高校2年生の秋、もう進路をあらかた決める時期、演劇を続けるか辞めるか。私は一歩を踏み出せず悩んでいた。そんな時、廣道さんは「好きなことが見つかったら一生懸命やればいい」とおっしゃって、なんだかすごく励まされた気がした。せっかく好きなことに出会ったのだから、やれるところまで頑張ってみたいと思う。
    廣道さん、車いすレース頑張ってください。楽しんでください。きっとニュース見ますから。私も頑張ります。一生懸命好きなことをやるってことが楽しいって、一歩踏み出させてくださって本当にありがとうございます。お体大事になさってください。
  • 私は廣道さんを見たとき、一番印象的だったのが目です。私は一番前の列の右側に座っていたので、校長先生が話されている時に舞台袖で待っている廣道さんが見えました。失礼だとは思いますが、私の描いていたイメージとは違っていて驚きました。講演が始まって、廣道さんが「この競技をもっと多くの人に知ってもらいたくて(会社を辞めて)独立した」とおっしゃっているのを聴いた時、私は本当に凄いという言葉しか思いつかなかった。
    私は今年、パラリンピックをテレビで観ていました。もちろん、車いすの競技も観ていました。そんな時、私の母が「日本って、やたらバリアフリーとか何とか言うけど、パラリンピックを放送しているテレビ局が少なすぎる。本当にバリアフリーとか考えているの!矛盾しているわ。」と言っていました。私も母の意見に対して同感です。もっと放送する局が増えたら、きっとパラリンピックもメジャーになります。
    私には夢がいくつかあり、その一つにリハビリの先生があります。もし、リハビリの先生になれたら、廣道さんが出会ったリハビリの先生のように、明るく第2の人生が送れるようにアドバイスをしてあげたいです。もちろん廣道さんの競技も紹介します。
    だから、もしかしたら何年後かに、私が担当した人がパラリンピックに出るかもしれません…。また4年後の北京パラリンピックを楽しみにしています。講演、ありがとうございました。
  • 車いすって、こんなに存在感のない物だったけ?と思うほど、初めから車椅子は全く気になりませんでした。また、廣道さんの堂々とした講演に車いすの存在を気にする必要もないんだと思いました。
    バリアフリーとは言われているものの、まだまだ自由の利かない社会だと思っているのです。全く苦にならないとおっしゃった時は本当に驚きました。その自信の裏には、事故によって生まれ変わった考え方、生きていることへの感謝の気持ちや目指すものへの努力、今までの経験、それも真剣に生きてきた経験の中身がしっかり刻みこまれているからだと思いました。車いすレースのプロ、私の中でプロという言葉は、今までに特に何の意味も持たず、ただ流れ込んでくるだけのものでした。でも、話を聞いてプロって本気なんだ!!と実感しました。新たな目標、常に上を目指して努力するなんて、そんなに簡単に出来るもんじゃないと思います。
    私は今、陸上部ですが、何度くじけそうになったか分かりません。ただ、何となく練習している日のほうが多いくらいです。だからこそ、すごいと思いました。プロ意識だけでなく、廣道さん自身の生き方に強く魅力を感じました。自分の気持ちの持ちようが外に表れて、その気持ちに反応した人達が寄ってくるという話は特に共感しました。人間は誰もが一人では生きて行けないのですから、周りの人達の影響は大きいものだと思います。私自身、人付き合いの仕方や生き方に悩んでいるので、努力をしていれば、誰かが見てくれるし、必ず報われるとおっしゃられた事をしっかり受け止めて、廣道さんへの尊敬と憧れをそのままにしないように努力します。
    また障害者である方がそこまで立派な生き方をされていることに勇気をいただきました。私の弟は心臓病なので障害者になります。現在小学1年生で元気に毎日とまではいきませんが、体調の悪い日以外は地元の普通学校へ通っています。十も離れているので、姉として出来ることを何でもしてやりたいという気持ちになりますが、いつか自分の力で生き抜いて欲しいと強く思うことが出来ました。難しいですが、最小限のサポートに近づけたらと思います。本当に、勉強になるお話を聞かせていただいてありがとうございました。
  • 最初は正直なところ、「成功したから、今、そういうことが言えるのでは」と思いました。
    だって、事故をする以前になにかスポーツで成功していれば、とてもショックだったかもしれないし、もし、車いすレースに出会わなかったら、レースが出来るような体力がなければ、きっとそんなポジティブにはなれないのではないかと思いました。
    しかし、話を聞くうちに、それは間違った考えだと思い始めました。たとえ、健常者であっても意思や気持ちが弱ければ、世界のトップに上り詰めるなんてことは出来るはずもないからです。確かに偶然が重なり、恵まれた体を持っていても、そういったものだけでは胸にメダルを輝かせることは到底不可能だと思います。厳しいトレーニングとプレッシャーの中、戦っているんだと思います。がっしりとした外見よりも、どっしりとした精神をもっているんだと感じました。
    そして、今日、もっと痛烈に感じたことは幸せと不幸、楽しさと不快、そういったプラスマイナスの感情なんて、本人の心持次第で大部分は操作できるということです。内面的な部分には健常者、障害者の違いはない、むしろ外見的な部分を失った分、心は強くもてるのかもしれないんじゃないか。そう、思わせてくれるお話でした。
  • 廣道さんのお話を聴いて、障害者も健常者も結局のところ人間なんだ、と思いました。ステージの上で話す廣道さんを見ていると、自分の足が二度と動かないのにそんなことは全く気にしていないように見えました。それどころか、車いすで走ってレースが出来るという話を聴いているときに、とても嬉しそうに見えました。僕はまだ、何か必死に打ち込めるようなものもなく、毎日を何となく生きている気がしているので、廣道さんの生き生きとした姿を見て少し羨ましくなりました。自分が心から打ち込めるものがあるというのは、とても素晴らしいことだと思います。
    また、アメリカにホームステイした時の話を聴いて、自ら行動を起こすことがいかに大切なのかということにも気付かされました。「出会う」ということはさまざまな偶然の重なりであるとも思いますが、自分が心で強く願い求める結果として「出会う」ことが出来るのだと思います。
    だから、「出会う」ことは障害者にとっても健常者にとっても同じことだと思います。何度か障害者と健常者という言葉を使いましたが、僕はこれらの言葉が嫌いです。全てが健全な人間なんていないと思いますし、人によって出来ること出来ないことの差は必ずあるからです。何より、笑ったり泣いたりすることは人間の特権であり、それが出来る人達を区別することなんてしてはいけないと思います。
    今日のお話を聴いて、僕はどんな人も人間で、まっすぐ対等に接することが大切なことなのかもしれないと思いました。

ご参加いただき、有難うございました。