岡 紀彦
岡 紀彦
Toshihiko Oka
ドイツオープン&仏・ワールドシングルカップに出場して(04.05.23〜06.07)
岡 紀彦 ドイツオープン&仏・ワールドシングルカップに出場して
いつも応援していただき、ありがとうございます。
5月28日から6月7日の間、標記の2大会に参加してまいりました。

ドイツオープンでは、アテネパラリンピック前のヨーロッパ最終トーナメントとなり、多くのランキング上位選手が出場し、ハイレベルな大会となりました。
私のクラスもアテネ出場選手22名のうち15名もの選手がエントリーしていました。不運にも個人戦の予選で肩を痛めたにもかかわらず、準優勝という結果となり非常に自信のついた大会となりました。

続いてのワールドシングルカップ(フランス)は、車椅子男子世界トップ16選手、女子世界トップ12選手のみ出場できる大会で、日本からは私1人のみの栄誉ある出場となりました(日本女子2名は都合により不参加)。
私はランキング15位で選ばれ、順位もランキング同様の15位に終わり結果的には不満もありますが、試合内容で収穫もあり、3ヵ月後に迫ったアテネパラリンピックに繋がる大会になったと確信しております。

今回の教訓をもとにアテネで最高の結果を残すことが出来るようさらに精進致しますので、今後ともよろしくお願い致します。

アテネパラリンピックメダル獲得をめざして(04.04.28)
岡 紀彦 アテネパラリンピックメダル獲得をめざして
待ちに待った2004年オリンピック・パラリンピックイヤー。
私の開幕試合は毎年3月に開催されている国内最大級の「障害者卓球ジャパンカップ」。初の地元開催で、今までにないプレッシャーを経験したが、自分でもあきれるほどの記録「車椅子日本チャンピオン17連覇」を達成することができた。

ジャパンカップから1ヵ月後、JPCよりアテネパラリンピック出場選手の正式発表があった。アテネパラリンピック出場を目標に、世界で戦ってきた日本卓球選手は14名。その内8名は夢がかなったが、あとの6名は涙をのんだ。

初出場の2000年シドニーパラリンピックから早3年半。この間に海外遠征は16回。賭けのようなプレースタイルの変更と、地道で確実な練習が功を奏し、昨年はシドニーパラの覇者デュラン(フランス)にも10年ぶりに勝利し、世界ランキングは初の一桁台の9位に上昇。その後もしっかりとアテネでのメダル獲得を視野に入れた練習ができている。

私は2002年2月からサラリーマン生活をやめ、卓球選手として生計を立てているが、周りの人たちの温かい気遣いとサポートを以前より強く感じる。この人たちやスポンサーに恥じない残り5ヵ月間を過ごし、アテネを目指しながらも夢破れた何万人のアスリートの魂とともに最高のパフォーマンスで世界中を魅了したい。

障害者卓球ジャパンカッブ 前人未到の17連覇! (04.03.13〜14)
岡 紀彦 障害者卓球ジャパンカッブ 前人未到の17連覇!
2004年3月13〜14日、六番川水の公園体育館(岡山県)で行われた「第24回障害者卓球ジャパンカップ岡山大会」の車いすの部で、17年連続優勝を決めました。

ジャパンカップは、障害者スポーツ特有の障害程度によるクラス分けがなく、立位選手と車いす選手の日本一を決める大会です。

今回は地元・岡山で初めての開催となり、地元ならではのプレッシャーもありましたが、最小限に抑え、17連覇を達成しました。

今後は気持ちを新たにし、9月のアテネパラリンピックでのメダル獲得に向け、練習に励みたいと思います。皆様、今後ともご声援のほどよろしくお願いします。