平林 岳
平林 岳
Takeshi Hirabayashi
大リーグ審判に再々挑戦!〜続・元パ審判 平林岳の奮闘日記 in USA
vol.5 PBUCとは?(04.04.02)
平林 岳 大リーグ審判に再々挑戦!〜続・元パ審判 平林岳の奮闘日記 in USA vol.5 PBUCとは?
Professional Baseball Umpire Corporationの略でマイナーリーグ審判を統括する組織です。ここのスーパーバイザー達の査定によってマイナーリーグ審判の昇進、昇格、解雇など全てが決まります。

新人採用の判断も勿論このスパーバイザー達に決定権があります。
このPBUCが行なうEvaluation Course(査定研修)が我々プロの審判になろうとしている人たちの最終テストになります。 2つの審判学校で選ばれた生徒たちが一同に集まり、実際の試合を2人で審判をしてそれをスーパーバイザーが査定していきます。
又、査定するだけではなくここではプロとしてのノウハウも学べます。審判学校でならったことが実際のマイナーリーグの試合ではどのように実施されるか、マイナーリーグでのルールの解釈、プロとしてのジェスチャーなどより実践的な内容です。シーズンが始まりフィールドに立つうえでの最低限のことを教えられます。試合中に起こるあらゆるケースを想定してかなり細かい点まで具体的に指示されました。
選手が怪我した場合、監督がピッチャーに指示を与えるためにマウンドに行く場合、選手の交代がある時の放送席への指示の仕方、本塁でのプレイを判定する位置などそれぞれに対してどう対処すべきかを具体的に指導します。それと、試合以外のこともいろいろいわれました。

次の街への移動中の事、次の街に着いたらすべき事、球場での球団職員との接し方、球場へ入る時間、服装などまで決まっています。ここまで決まっているとやらなくてはいけないことがはっきりしていて現場ではやりやすいと思います。でもそれができなかったときははっきりと自分にかえってきますね。そのようなところがアメリカの野球界らしいです。

大リーグ審判に再び挑む37歳! 〜元パ審判 平林岳の奮闘日記 in USA
vol.4 発表の日 (04.03.26)
平林 岳 大リーグ審判に再び挑む37歳!〜元パ審判 平林岳の奮闘日記 in USA vol.4 発表の日
最終日は半日で授業が終わりで夕方から卒業パーティがありました。

5週間一緒にやってきた仲間達、インストラクターとこの夜ばかりは立場を越えてお互いに楽しく5週間の労をねぎらいます。そしていよいよ翌日は、5週間の各人のパフォーマンスの結果を発表されます。朝から先着順に順番を待ち一人ずつインストラクターとの面談を受け5週間査定された結果をいいわたされます。結果によって大喜びする者、プールサイドの片隅で静かに泣いている者、すぐに来年の再挑戦への準備を始める者などそれぞれの人にとっての将来を左右する重要な瞬間なんだなあとあらためて感じました。

自分にとっても今までの人生のなかで一番緊張した瞬間でした。昨年末でパリーグ審判の職を辞め、妻と娘の生活を賭けてやってきた身なのでプレッシャーの中での5週間でした。その結果がこれから発表されようとしてるのです。自分の名前が呼ばれ指定された部屋に入りました。中には自分の座るイスがあり、その前に5人のインストラクターが待っていました。薄暗い部屋で何かとても重苦しい雰囲気でいやな予感がしました。
5人のインストラクターの中には自分にとって特別な人が1人いました。それはディックネルソンという68歳の方で、以前自分がアメリカマイナーリーグ審判になったときにいろいろお世話になった恩人です。

彼は元マイナーリーグのスーパバイザーで自分のことを査定していた上司でもありました。今はもう隠居されていて審判学校のインストラクターだけはいまでも続けています。そんなアメリカのお父さんのような人がいる前でこれから自分に対しての宣告がくだされるわけです。
チーフ格のインストラクター、タイラーが静かに話を始めました。”タケシ、君の前歴はよく知っている。こちらでマイナーリーグでやっていたことや日本で9年間プロ野球の審判として第一線でやってたことなど全て理解している。また、チーフインストラクターのスコットと同期で彼からもいろいろ聞かされている。自分達はインストラクターという立場でいろんな角度から君を見てきて公平に判断した。大変いいづらいことだが今回は君に与えられるスポットはない。”と不合格のらく印をおされました。

後ろから不意に誰かにおもいきり殴られたような衝撃でした。
アメリカの父ディックもうつむいて静かに”さみしいとしかいいようがない。”とポツリと言った。タイラーが”トシ(内川 仁氏 日本人インストラクターで今季は2A昇格が決まっています。)から一言いってもらう。”と洗面所のほうよりなぜか隠れていた内川君がでてきたのです。
そして封筒を自分に手渡しながら”まず中身を確認してください。”中を見ると卒業証書が入っていて自分の名前がありその下に”Honor Graduate”と記されていた。トシがこれどういう意味かわかりますか?”と言ってきたので、これは自分に気を遣ってかわいそうだと思ってこの称号だけつけてくれたのかなと思いました。
”今までのこと全部うそですよ。PBUCへ行って下さい。”まわりのインストラクター達から拍手が送られました。

きつねにつままれたというのはこのことだと思いました。”あーよかった。”本当にホットしました。ひとりひとりと握手していきディック と握手し抱きしめてもらったら思わず涙があふれてきました。演出のお陰で感激はひとしおでした。この瞬間から次の段階へのスタートなのです。自分にとっての審判学校最終日はジェットコースターに乗っているような波乱万丈の1日で終わった。

大リーグ審判に再び挑む37歳!〜元パ審判 平林岳の奮闘日記 in USA
vol.3 宿題とルールテストとは?(04.03.19)
平林 岳 大リーグ審判に再び挑む37歳!〜元パ審判 平林岳の奮闘日記 in USA vol.3 宿題とルールテストとは?
ワークシートという宿題がほぼ毎日渡され、翌日までに終わらせて提出するものです。大体1、2枚のシートでもちろん英語でルールに関しての質問を記述で書き込むようになっています。日本人にとって大変な作業です。
今回、日本人の生徒が8人いたのでみんなで分担してやりましたがそれでも毎晩12時ごろまでかかっていました。同時にルールテストも大体ルールブックの各セクションごとにあるのでそれに備えての勉強もしなくてはならないのでとにかく良く勉強しました。
自分にとっては中学3年の時の高校受験以来の勉強量だったと思います。ルールテストは全部で14回、合計で700問以上の質問に答えたことになります。
簡単なサービス問題から高度なひっかけ問題まで多岐にわたっていました。審判としてフィールドで起こりえるルール適用のほとんどが網羅さ れています。11年間プロの審判としてやってきていろいろな経験をしましたが、この時期にこれだけ勉強できたことはとても自分のこれからにとってプラスだったと思います。いままで頭の中でごちゃごちゃになっていたルールの知識などがきれいに整理されました。

自分のルールテストの点数を公開します。

・9章 82点
・1章 100点
・2章 98点・
・5章 97点
・8章 94点
・6章 96点
・7章(7.10を除く)96点
・7.10(アピールプレイ)95点
・6.07(打順間違い)90点
・6.10(指名打者)95点
・3章 97点
・4章 96点
・グランドルール 93点
・ファイナルテスト 95点

大リーグ審判に再び挑む37歳!〜元パ審判 平林岳の奮闘日記 in USA
vol.2 トレーニングとは? (04.03.12)
ルールの講義やフォーメーションの内容、技術的なことの理論を理解したり実際にやったりすることに関しては、11年間の経験がまんざらではなかったようでなんとか無難にこなしていけました。

ただひとつ自分が思い知らされたことは、11年間の時間を費やしてしまったんだなという事実です。確実に年をとってしまいました。まわりのプロ野球の審判にあこがれてここへ来ている生徒達は、みんな20才前後、自分は36才。
みんなに負けないように動こうとするのですが、やはりきつかった。

学校がスタートして始めの2週間は毎日、筋肉痛との闘いでした。毎朝、鎮痛剤を飲んで授業に臨んでました。
本当にリタイア寸前の時期もありました。そんな時、妻や娘の顔を思い浮かべたり、11年間経験した楽しかったことや辛かったことなどを思いおこし、”絶対にこんなところで諦めてたまるか!メジャーで審判するまでは挑戦し続けるんだ!”と自分を奮い立たせてなんとかやり続けていけました。

全ての審判学校のプログラムが終了した時にやり残したことはない、やれることはやったという自覚だけはあったので自然と涙がでてきました。

大リーグ審判に再び挑む37歳!〜元パ審判 平林岳の奮闘日記 in USA
vol.1審判学校日記 審判学校とは? (04.03.05)
平林 岳 大リーグ審判に再び挑む37歳!〜元パ審判 平林岳の奮闘日記 in USA vol.1審判学校日記 審判学校とは?
アメリカでプロ野球の審判になるには全米で2つある公認の審判学校のどちらかに入学し、その中で”Honor Graduate"の称号を卒業証書の自分の名前の下にいれてもらう必要があります。その称号をもらった者だけがPBUC(Professional Baseball Umpire Corporation)のEvaluation Courseに招待されます。

そこで2校のエリート達が実践の場でさらに毎日査定され順位がつけられ、上位の者からマイナーリーグ審判の仕事が与えられるのです。
審判学校とは、その称号をもらいPBUCへの挑戦権を得る為の場所であり、又審判のまったく初心者をプロ野球の審判として最低限の知識と技量を養成する場所でもあります。
どちらの学校も約5週間のコースで、その間に野球のルールと2人制の審判(アメリカマイナーリーグでは2人で試合をジャッジすることからスタートします。)のフォーメーションなどを室内で勉強する座学と実際の試合でルールをどのように適用するか、座学で学んだフォーメーションをどのように試合で動くか、又チームからの抗議への対処なども含めた内容をフィールドで行う実技訓練を月曜日から土曜日まで 毎日訓練し、テストされます。

自分が入学したJim Evans Academy of Professional Umpiringでは、座学が125時間、実技訓練が140時間、最終の査定ようの試合形式のテストが5時間というカリキュラムを5週間でこなしました。
11年間プロ野球の審判をしてきた自分にとってもとても濃い内容です。学校指定のネイビーのTシャツにグレーのズボン、学校のロゴが入った帽子という 全員が同じ服装で毎日動き回っている光景はなかなか壮大ですよ。